金沢湯涌茅場 -茅文化の普及啓発活動-

●金沢湯涌茅場

石川県金沢市湯涌地区では、茅(カリヤス)の生産を目的とする「金沢湯涌茅場」が「ふるさと文化財の森」に選定され、金沢湯涌江戸村内の旧野本家住宅が「ふるさと文化財の森センター」として指定を受けている。金沢湯涌江戸村とは、江戸期の加賀藩を中心とした民家を「町家・武家ゾーン」と「農家ゾーン」に分けて移築保存し、公開展示をする金沢市立の施設である。施設内には9棟の民家があり、うち4棟が茅葺き農家である。その中の旧野本家住宅は19世紀前半に建てられた農家で、石川県能登町(旧・柳田村)から移築され金沢市指定有形文化財の指定を受けている。また、金沢湯涌茅場は湯涌の町から車で20分程度登った標高600mの山中にあり、山道の左右約2㎞にカリヤスが群生している。毎年11月に石川県茅葺き文化研究会と地元協力者及び他地域からのボランティアを含めた50名程度のメンバー(名称・カヤカヤ団)で茅刈りを継続している。平成24年度、25年度に「文化庁ふるさと文化財の森システム推進事業普及啓発事業」の採択をいただき、25年度には金沢市の「協働まちづくりチャレンジ事業」、湯涌地区の「花咲く湯涌まるごとフェスタ」と連携していろいろな体験型の事業を実施してきた。その後26年度も金沢市、湯涌地区との連携を継続しつつ、新たに内川地区とも連携した事業を実施した。それらの中の3つの事業について概要を述べて、我々の取り組みを紹介する。

●事業 : 小学生に知ってもらう「茅」は持続可能な草資源

この事業は小学校の校庭に小さな屋根の基地や東屋を約1週間かけて建造する企画である。目的は ①茅葺き屋根と茅葺き師の存在を知ってもらう、②身近に見て、触れて 、感じて、親しみを持ってもらう、③昔の人々の知恵を学んでもらうことである。合掌組み、下地造り、茅葺きの一連の工程を見ることができる。丸太、竹、縄、ネソ(万作の枝)、茅(ワラ、ススキ、カリヤス、ヨシ)の自然の材料のみを用い、昔ながらのハリ、叩き、鋏などの道具を使用する。製作するのは県内でただ一人となった若手茅葺き師の野村泰三氏である。

子供たちはお昼休みと下校時に校庭に集まり、鋸で竹を切り遊び道具を作ったり、茅の上に寝転んでゴロゴロと遊んだり、茅を運んで職人の手伝いをしたりといろいろな関わりで楽しんでいる。職人が作業の手を止めて語り始めると話に聴き入る場面もよくあり、茅葺き師という職業を知ってもらう良い機会である。完成した茅葺きの小屋は校庭の遊び道具の一つとして、メダカ池の観察小屋として、それぞれの学校に合わせて使われる。一年に一校での製作を目標に取り組んでいる。

●事業 : 小学生に茅文化を伝える小冊子

小学生を対象にして、茅や茅葺き屋根をかみ砕いて紹介する小冊子と、茅をめぐる自然と茅葺き屋根に携わる人々の姿を物語を通して子供たちに伝える絵本を創作し、子供達に手渡す。

1冊目は「かやぶき屋根のはなし」。美術大学の学生をデザイナーとして選び、今まで茅と関わりのない人の視点から疑問を投げかけてもらい、クイズ形式で茅葺き屋根を紹介する。国内外の特徴的な茅葺き建物を紹介し、茅葺き屋根の仕組みなど小学生でも分かるやさしい本とした。2冊目は絵本「ブッキーとなかまたち かやじぃの救出」。茅葺き屋根に暮らす「かやだま」という子供に親しみやすいキャラクターが登場し、壊れかけた茅葺き屋根の「かやじぃ」を救う物語。かやだまは旅の途中、茅場に住む動物たちの助けを借りてかやじぃを直してくれる茅葺き職人に出会い、かやじぃのもとに連れて帰る。子供たちはかやだまと一緒に旅をすることで、茅にまつわるいろいろな事柄を知ることができる。また保護者や先生方がより専門性の高い内容を補足的に解説するためのキャプションをページの下段加えている。企画・編集・文・絵すべて当研究会会員で制作した。

●事業 : 親子で楽しむ茅刈り&茅葺き体験

親子を対象にキゴ山ふれあいの里研修館に一泊二日の日程で、茅刈り体験、茅文化のお話、葺き技術の習得、茅葺き体験をする企画である。金沢市が管理するキゴ山の広大な敷地内には放牧地が放棄されススキの草原となった一帯があり、市民の力でこのススキの草原を茅場として再活用する。平成26年秋に開催した事業で、一泊二日の企画は初めての試みであったが、親子11組33名の参加を得て大変盛況となった。一日目午後より茅刈りワークショップを開催。初めての体験に子供も大人も夢中になって取り組み、途中から子供たちは茅束を使ったかくれんぼの遊びを考案して笑い声の絶えない茅刈りとなった。夜は「お楽しみカヤカヤタイム」と銘打って、茅の紹介、カヤカヤクイズ、紙芝居「かやじぃの救出」、最後は男結びの修得。二日目は男結びの復習から始まり、茅葺きの妖精「カヤブッキー」の製作、段葺き による茅葺き屋根の製作を行った。子供も大人も竹と茅と縄だけを用いて形作る作業を一通り体験した。

●子供達に渡すもの

石川県茅葺き文化研究会の活動には小学生を対象とした企画が多く、子供のいる所に積極的に出向いている。加えて中学校の総合学習で取り組む地域貢献・環境保全活動の一環として茅刈りを実施させていただき、大学生には大学と地域との新たな交流を図る活動として茅葺きのコミュニティー・バス停の建設に参加してもらうなど、対象範囲を広げている。これらの活動が金沢湯涌茅場と金沢湯涌江戸村に人が集まる契機となっている。

茅葺き屋根に関しては、小さな小屋であっても基本的に使用する材料、道具、基本技術は大きな民家と同じと言える。規模や技術レベルが異なっていても、工業生産によらない自然の材料によって一つの形が組み上がること、その素材の柔らかさ、肌ざわり、においの気持ち良さが心身に良いこと、そして自然の循環の中で生産され消費されてゆくこと、これらを同じ感性で受け止めることが出来る。そのことを知識ではなく、身体で了解してもらうことが大切だと考えている。これからの未来を築く若い人たちにとって、文化財としての茅葺き建物はこれから必要とされる新しい感性を磨く教材であり、そして小学生を対象とした普及啓発の活動は、文化財としての茅葺き建物をより豊かに理解できるようになるまでの一歩一歩の道しるべであると考えている。