家づくりにおける要望と建築家の取り組み

【事例1:施主の希望から住宅を構想する】
この住宅には長さ7m、高さ7m、奥行60㎝の書棚が家の中央にあり、全ての部屋が書棚と面しています。家族全員がひとつの棚を共有し、棚を巡りながら暮らしています。書棚として以外にも玄関では下駄箱として、ユーティリティではタオルや下着類の収納、寝室では洋服棚、台所では食品・食器棚として多様に機能しています。多くの本を所蔵する施主の希望は「毎日 本を見て暮らしたい」というものでした。他にも部屋の広さや使い方、床仕上の材料、外の眺望の確保といった要望がありました。しかし「毎日 本を見て暮らしたい」という希望が、この施主の人柄を最も現していて、この住宅を特徴付ける主要なテーマになると感じました。いくつもの模型を通して、書棚の配置と各部屋のつながり、そして、生活の変化への柔軟性といったことをスタディしています。設計過程の中で他の要望をもり込みながらも、テーマがより明確に表現されるように、書棚を建物の構造と一体化した家具のような住宅を計画しています。

【事例2:敷地の条件から住宅を構想する】
この住宅の主要なテーマは採光です。光を採り入れる2つの筒が住宅のプランニングと部屋の形態を決定しています。この敷地の南側には、2階建ての古いアパートが境界近くに建っています。それも敷地の幅いっぱいを覆うほどの大きさで、冬季には10時を過ぎないと敷地には全く日が当たらない状況でした。そこでアパートの屋根を越える高さに、2つの光筒を設けました。ひとつは、家族の集まるリビングいっぱいに光を降りそそぎ、青空を切り取る台形の大きな窓を持ち、もうひとつは、プライベートスペースにほのかに光を採り入れ、内部から街並みを俯瞰する逆台形の小さな窓を持っています。2つとも嵌め殺しガラスに見えますが、通風のとれる仕組みになっています。2つの筒の形状は、室内への光のまわり方、夏冬の日射の差し込み方を考慮して検討されました。これら2つの採光によって都市型住居における快適さと住空間の密度を確保しています。

当然ながら家づくりに対する施主の要望は様々ですし、生活スタイルをはっきりと意識できている場合もあれば、漠然としたままの場合もあります。何が主要なテーマになり得るかは、施主と建築家との対話を通して見つけ出されます。また言葉にならない夢や希望を見つけ出すのも建築家の役割と言えます。事例2のように、敷地が既に抱える大きな問題から出てくる要望が主要なテーマになる場合もあります。施主の要望も当然あって設計の中に織り込んで行くのですが、敷地の特性を読み取る視野も建築家には必要な能力です。

ここで示した2つの住宅は一般の住宅と比較すると特殊に思われるでしょうが、それぞれの要望に対する提案がわかりやすく計画された事例です。ほぼ同一の規模でありながらも、それぞれのテーマを明確にすることで、全く異なる住宅に仕上がっています。

【われわれの取り組み】
いろいろな構想の中で建築家の取り組みとして大切だと思っていることがあります。設計を進める際には、全ての要望は人間的な視点でつながっているという前提に立って考えるべきだということです。科学的、物理的な数値の内容であっても、人と関係する全てのことは人の行為、感情そして生きる姿勢といったものに深く関わっています。本やカタログに載っている規格化されら数値や形式(温度、湿度、サイズ、プラン、形態など)といったものはある程度の指標になりますが、それだけに頼っていると創造的に生き生きと暮らすことを妨げることにもなります。さらに個別的な要望を普遍的な価値あるものへと練り上げなければならないということです。建築の設計・デザインは、単に個人的な趣味の問題ではないということです。それぞれの施主と建築家によってつくられる住宅は同一のものはないし、ひとつひとつが個性的でもあるべきです。しかし、そこには共有できる価値や秩序があり、建築を通して、人間・空間・環境のよりよい全体像へとつながる可能性をふくんでいなければなりません。

現代の多くの住宅は個性を強調しながらも、物事を決める基準を画一化されたものに頼っているようです。そのために個性も表面的、表層的な差異を争っているだけのようですし、ひとつの住宅を通して人と人が、人と環境が関わり、その関わりの中から良いものを創り出そうとする意識が希薄になってきているように思えます。カタログや広告に頼って、住宅を「建てる」と言わずに「購入する」と言い慣れてしまったのもその現れだと思います。

ひとつひとつの要望を人間的な視点で再考する、その中で生活にとって本当に必要なものを形にし、趣味や時代を越えてわれわれの蓄積となるものを残す努力が、建築家に求められるのだと思います。住む人と建築家が共に家づくりにおける要望を理解し、共に考える中から良い住環境をデザインしていくことが大切なのでしょう。

谷重義行+建築像景研究室 谷重 義行