~ 民家のある環境 探して ~
金沢市在住の建築家谷重義行さんは、自ら山間の集落に古民家を探し求め、手直しして暮らす。家族の住まいとなった家との出会いや暮らしについて、住み手の立場から気付いた民家の風景を気ままに書いてもらった。
現在住んでいる北袋の民家に、仲介の人と訪れたのは昨年の初秋だった。金沢市街から車で三十分。湯涌街道から山手に入った敷地は集落を抜けた一番奥にあり、﨔(けやき)・杉の木立と渓流に似た小川に囲まれ、水の流れと虫の鳴き声の他は何も聞こえてこない。「トトロの森」と家族で名付けるほど、市街から来た者には別世界であった。そのとき、ここでの暮らしをわが家に現実とすることに決めたのである。
実はこの民家を訪れたのはこれが初めてではなかった。空き家になったとのうわさを聞きつけて、三ヶ月前にも訪ねていたのである。当時は、この場所に魅力を感じることはなかった。その三ヶ月間に八軒の民家を訪ね、いくつかの空き家と宅地を見て回った。
その中には契約直前まで進んだものや、何度も持ち主を訪ねて譲り受ける交渉を繰り返したものもあった。その都度、購入・改修の予算、新しい間取り、通園通勤方法、近所付き合い、日々の家族の暮らし方、冬の過ごし方など、話し合いが尽きることはなかった。また、民家や山村に暮らし始めた人を訪ねてわが身に置き換えてイメージを膨らませた。
民家を訪ね話を聞くうちに、一口で民家の再生と言ってもいろいろな家族と、それに合ったいろいろな暮らしぶりがあるのだと気付き、なぜ民家にこだわるのかを自問した。民家を自ら再生して暮らすことは新築とは異なる魅力があり、経済的にも理にかなっていて、長い間の憧れであった。
田舎で育った子供時代の体験をわが子と共有したいと言う思いも常にあった。また現代のわれわれの現実とは何なのかを考えてみたい…。明確な答えはないが、探していたのは民家の建物ではないのだと思うようになった。
民家は美しく、伝統に裏打ちされた技術や古材の風合いも素晴らしい。しかし、それらは生活にとって一部でしかない。民家そのものから民家を含む環境へ、人の思い入れから家族・友人とのかかわりと民家を探す視点が広がっていった。北袋の民家に再び訪れた時、探し求めていたものがここで可能なのだと気がついた。
子供が遊び回っている表情がとても生き生きとしていて、子供時代に遊び回った自らの姿と人々の声がそこにあるように思えた。大きな樹々と小川に沿って点在する民家。かなりの時間と体力、話し合いの忍耐を必要としたが、求める民家に出合うためには必要な過程であったのだと今では思える。
写真:小川が取り囲むようにして流れる家の周り。静寂な空気の中、家族が暮らす谷重さん宅=金沢市北袋町で